現在、愛用中の一眼レフ。

 

 

決して最新型でない。

本体は11年前の「Nikon D40」。

今の iPhone よりも少ない 610万画素。

 

 

カメラを本格的に始めたのは3年前。

当時は最新型・流行りモノ史上主義で、

新しいカメラを買っては売り、買っては売り…。

 

 

試したがり屋の性分もあって、

100万円近くするライカも買ったこともあった。

 

 

その後、色々なことがあって

手元からすべてのカメラが無くなってしまった。

 

 

カメラが無くなってしばらくは

「iPhoneでいいや」と思っていたけれど、

私の感性を満たせるような“絵”が出ない。

 

 

(やっぱりカメラ欲しいよなぁ…)

 

 

…と思っていたら

1年前に親戚から貰った

一眼レフの存在を思い出した。

 

 

それが、

この「D40」だった。

 

 

実はこの「D40」。

妻の妹さんの嫁ぎ先のお父様が、

生前、孫達を撮りたくて買ったカメラだった。

いわばお父様の「形見」である。

 

 

ところが、スペック厨だった私は

「こんな旧スペックのカメラで何が出来るんだ」

と決め込んでいて物置の奥底にしまっていた。

 

 

私は「D40」を引っ張り出した。

 

 

そのときの私にとって、

カメラが有ること自体、

本当に有り難いと思った。

 

 

(なんて感謝の気持ちが足りなかったのだろう)

(今まで物置に追いやっていてゴメン)

 

 

亡くなったお父様、

カメラを下さった親戚、

そして「D40」自体に

心から詫び、感謝した。

 

 

軽いメンテナンスを済ませ、

私はこの日から

「こいつ」を使い始めた。

 

 

…なんと。

物凄く手に馴染む!

 

 

これまでは液晶モニターのライビューか

EVF(電子ファインダー)で覗こくとが

ほとんどだった。

 

 

ファインダー越しに見える風景がとても自然で

覗くたびに何とも言えない気持ちになった。

こんな感覚は今までなかった。

 

 

カメラを始めて

こんな気持ちになったのは

生まれて初めてだったかもしれない。

 

 

この日から、目覚めて天気がいいと

「こいつ」を持ち出して散歩をしたくて

仕方なくなってしまった。

 

 

そして、

撮影した写真がこれだった。

 

 

※この写真は望遠ズームで撮影

 

 

本当に素晴らしい瞬間だった。

無我夢中でピントを合わせて

シャッターを切った。

 

 

自宅に戻って、

Macで画像を確認した。

 

 

10年以上前の超型落ちカメラなのに

なんて美しい“絵”が撮れるのだろう!

 

 

もしかしたら

「孫の写真を撮りたい!」って言う

亡くなられたお父様の心みたいなものが、

「こいつ」には宿っていたのかもしれない。

 

 

私は深く感動した。

物凄く愛着が湧いてしまった。

 

 

大切なのは道具?腕前?それとも…

私は今年に入ってから

美しい写真を撮りたい!

って心から思うようになった。

 

 

“美しい写真”って、

どうやって撮るんだろう…。

 

 

もちろん道具も大切である。

そして腕前・技術も大切である。

でも何よりも大切なのは…

 

  • このカメラを使わせて頂ける「感謝の心」
  • この瞬間を撮りたいって思う「感動の心」
  • この瞬間を撮れて嬉しいという「喜びの心」

 

この体験を通じて分かったことは

「心」だと思った。

 

 

【道具 × 腕前 × 心】

 

 

3つのものは掛け算。

 

  • 道具(10) × 腕前(10) × 心(0) = 0

 

どれか1つが欠けても“美しい写真”は撮れない。

逆に三位一体になれば、

 

  • 道具(1) × 腕前(1) × 心(10) = 10

 

最新型から劣っていても

そんなに技術が無くても

心が感謝・感動・喜びで満ちていれば

“美しい写真”は撮れるようになるかもしれない。

 

 

そんなことを

「こいつ」に教えてもらったような気がする。

 

 

私は「こいつ」が壊れるまで、

相棒として大切に使っていこうと思う。